連れてかれた競艇場でエンジン音聞いて一気に競艇ハマったものの、まだ自力予想がポンコツ…なのでプロの買い目を見て勉強しつつ、あわよくば稼いじゃおう!!と。
彼は競艇廃人化したので、一緒にやると泥沼しか見えないから2人で一緒に買うのはたまにだけ!
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無料の情報もあるし、競艇予想サイトにはほんとお世話になってる!
なのに自力予想でその儲けを減らすの繰り返しw
名前 | 日高逸子(ひだか いつこ) |
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生年月日 | 1961年10月7日 |
身長 | 155cm |
登録番号 | 3188 |
登録期 | 56期 |
所属 | 福岡支部 |
級別 | A1級 |
デビュー | 1997年11月19日 |
日高逸子選手が3回目のフライング
日高逸子選手は2020年9月5日、福岡でのG3オールレディースLOVEFM福岡なでしこカップ12Rで期間中3度目のフライング。
F3で150日の休み、そして復帰明けはB2からのスタートとなる。
フライングの記事でも書いたけど、私もちょっと「このまま引退ある…?」ってちょっと過ったよ😂
でもグレートマザーは戻ってくるって信じる気持ちのが大きかった!
おかえりなさい~!😆
日高逸子選手の復帰へ向けたインタビュー
強いね。
「フライングで辞めるのは癪」ってw
さすがグレートマザー!
日高逸子選手は色んな記録を更新して勇退って感じがする。
と言うより、ファンもそう思ってるよね。
フライングや事故点などで辞める選手じゃないって。
そしてボートを降りれば旦那さんといつまでも仲良しな素敵夫婦😍
ただ膝悪くしても、それでも現役続けて…家族の支えはもちろんだけど本人の闘志がまだまだ超火力🔥🔥
まずは復帰戦が楽しみ!
そしてA1級への道のりは長いと思いますが、返り咲きを期待してます🙌🙌
▼フライングのレース詳細は下記で
2021年、安定して月に70万は超えるようになったw
連れられて行っただけのボートレースに、こんなにハマるとは思わなかったなぁ…😳
レース見てるだけでも楽しいしね!
でも当たればもっと楽しい!
自分の予想じゃお金捨てるだけだから、めちゃくちゃ疑いながら使った競艇予想サイトでおっきい払戻し&コロガシ成功もらってから変わったね😎
ただ注意なのは「中には悪徳業者もいる」ということ。
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年金も宛てに出来ないし、老後は2000万必要だって言うし、彼の分、そして病気や入院て考えたら絶対もっと必要だよね…苦笑
前にギャンブル依存症に保険適応とかのニュースあったけど「そこじゃないよ!!!」っていう…w
まず仕事1本でやっていけない現状がもうさ…
副業でもしないと厳しいのに会社が副業禁止してるっていうね…どこにも貯金出来る余裕なんかない苦笑
それに「老後まで働く前提」なのが嫌なんだよね。
早めにドロップアウトしてゆっくり過ごしたいじゃん?
今コロナで気軽に出かけられる状況じゃないけど…やっぱり、人間いつ何があるか分からないから、体が動くうちに色んなとこ行って色んな経験したい!
それには有給消化とか気を遣う方法じゃなくて堂々と!好きな時に!思い立ったら行動出来るようになりたいw
お金にだらしない彼はこのまま見捨てられそうにないし、養うくらいの覚悟はしている。
その辺も考えて、目標はあと10年で仕事辞めてもいいようになりたいなぁ…
そのために今は、
💴稼げるだけ稼ぐ!
👛貯金する!
👜たまに贅沢する!
で頑張ってるよ👽
ボートレースで勝ってる話すると、
「お金は汗水流してこその対価だ~」とか
「真っ当な仕事で堅実に貯金を…」とか
「ギャンブルでなんて恥ずかしい」
とか色々言われたけど、正直「あなたたちが小バカにしているギャンブルで稼げちゃってるのが羨ましいんでしょ?悔しいんでしょ?」って思ってスルーしてるw
きれいごと言って、貯金もままならない状態で結婚や子供欲しいってなったら大変だよ?
現実を見よう?
お金は生きるために必要なものだし、ギャンブルって犯罪じゃないし。
いいイメージがないとか、ギャンブルのお金で子供を~とか言うのもうるさいよね😇😇😇
真っ当に働いてもらえる給料ってそんな多くないよ。
副業しないとキツい人がほとんどだよね。
真っ当な仕事でもらえる生活ギリギリのお給料で子供に贅沢させてあげられないことになるなら、ボートレースでも競馬でも競輪でもいいよ。
ちゃんと余裕ある生活させてあげられる方を選ぶね私は。
何が言いたいかと言うと、手段は人それぞれ。
その手段が性に合うかも人それぞれ。
結局人生稼いだ者勝ち!😘
競艇予想サイトとは?
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ボートレース界の「グレートマザー」が再出発―。レース人生最大の危機に立たされている日高逸子(福岡支部)が、17日に鳴門ボート(徳島県鳴門市)で開幕する「鳴門ヴィーナスシリーズ第22戦なるちゃんバースデー5周年記念」で再起戦に挑む。
前期(昨年5―10月)に期間中3度のフライングを切り、最高ランクのA1級から最低のB2級に降格。女子最高の生涯獲得賞金10億円超を誇る現役レジェンドも59歳とあって、想定外の陥落に引退説もささやかれた。しかし、不屈の女王は現役続行を決断。どん底からの浮上を期す胸中を聞いた。
(聞き手・構成 田中耕)
昨年9月5日の福岡で開催されたレースで、わずか100分の1秒早くスタートを切り、期間中3度目のフライングを切った。
「あーあ、やっちゃったと思った。あのレースは無事故で完走すれば準優勝戦にも進出できたし、A1も維持できていた。でも、守りのレースはしたくなかった。エンジンも出ていたし1号艇。2号艇の選手もスタートを突っ込んでいっていたし、負けたくなかった。それに舟券を買ってくれたファンの期待に応えるのに必死だった」
フライング3本は選手生命の危機に立たされる。出場停止期間中は無収入の上、最低ランクのB2級に降格した選手がA1級に復帰するのは至難の業で、引退する選手もいる。
「年齢とともに力が落ちるのは仕方ないことかもしれない。でも私の場合は、力が衰えてB2級に降格したわけではない。それにフライングを切ってやめるのもしゃくだし、大けがをして引退する選手に比べたら大したことはない。B2級はA1級と比べるとレースは激減するが、そんなどん底からはい上がるのも逆転人生を歩んできた私らしさだと思う」
逆転人生は幼少期が出発点。中学教師の父と保育士の母の長女として、宮崎県都城市で生まれた。4歳の時、バイク事故に遭った父が後遺症で酒浸りとなり、暴力を振るい始め、暴力に耐えかねた母が突如、姿を消し、2歳上の兄と祖父母宅に預けられた。
「祖母は兄には優しく、私には厳しかった。料理、洗濯、掃除や稲刈りをやらされた。家計も苦しく、兄と一緒に新聞配達をした。朝から配達、夜は集金と遊ぶ暇はなかった。兄は最近、『新聞配達は(つらくて)失敗だった』と漏らしていましたけれど(笑)。あのころは父の暴力におびえ、母を失った悲しみと貧乏生活。そこから抜け出したかったのが、私の負けず嫌いの原点。自分の手で何かをつかみたかったし、誰にも負けたくはなかった」
ボートレーサーになったきっかけは、テレビCMだった。
「高校時代は獣医師になりたかった。でも入学金と授業料が高くて断念した。卒業後は信用金庫に勤めたが、退屈に感じて長くは続かなかった。上京して旅行専門学校に入学するなどいろんなことをしていたが、ある時、テレビのCMを見た。それがボートレーサー募集だった。幼いころから金銭面で苦労したから、年収1000万円のキャッチコピーが強く胸を打ち、試験を受けたら合格した」
合格後1年間の本栖湖(山梨県)での訓練は壮絶なものだった。
「ボートに乗ったらスピードは怖いし、真冬の寒さも想像以上で、耐えられなかった。教官に『やめます』と言ったが、その教官が同郷の人で『負けるな』と励ましてくれ奮起した。それから人の何倍もボートに乗った。成績も最下位だったが、訓練の終わりごろには上位クラスに入っていた」
1985年にデビュー。これまで通算2000勝、通算優勝75回、女子賞金王など数々の金字塔を打ち立ててきた。女子現役選手では最年長にもなった。
「ボートレースは性に合っている。24カ所の会場を回り、選手も変わる。エンジン(のパワー)が出ていなければ、次のレースがあると切り替えられる。まったく飽きない。それに家族の支えがあってここまできた。家を空ける日が多い仕事なので、夫の協力は大きい。家事や娘たちの教育のことをすごくやってくれる。
夫は旅行専門学校の時の同級生。その時、交際を告白されたんですが、私から断った。その後も何度も交際を迫られたが…。95年に『結婚してみようか』と言われ、『マネジャーになってくれたらいいかもね』と返事し、翌年の平成8年8月8日の末広がりに結婚した。それから夫は主夫兼マネジャー。大学生となった娘2人の存在も大きな支えとなっている」
レーサー生活36年目。これまで引退したいと考えたこともあった。
「10年前ぐらいから、膝を痛めてしまった。練習メニューで縄跳びをしていたが、そのやり過ぎがいけなかったかもしれない。最初は右膝だけだったが、4年前に両膝が痛くなり、立ち上がってターンをするモンキーターンにも支障が出てきた。その時、引退したいと家族に告げたが、次女が『やめないで』と言ったので思いとどまった」
昨年のフライングは5月の若松、7月の蒲郡、9月の福岡と計3回。1回目の出場停止期間は消化していたが、今回は2回目以降の計150日間に及ぶ出場停止だった。
「最初のころは、レースの夢を見て、跳び起きたこともあった。午前9時から午後6時ごろまでジムやホットヨガで体を鍛えている。ゴルフもした。ゴルフは集中力が大切なところがボートレースに通じるし、勉強になる。ほかにも小学校の講演に呼ばれたり、初めてと言っていいぐらい家族4人で正月を過ごせたり、これまでにない経験ができた。この期間をプラスに考えている。膝の痛みも和らぎ、自分を見つめ直すいい機会だと思っている」
信条は「努める者は報われる」。いよいよ17日に復帰戦が待っている。
「結果が出ないのは、自分の努力不足と言い続けてきた。生涯獲得賞金もいつ抜かれるか分からない。女子最年長記録の61歳も破りたい。どこまではい上がってやれるのか、私自身が見てみたい。どんな自分がこれから待っているのか楽しみにしている。逆転人生の再出発だと思っている」
日高逸子(ひだか・いつこ)1961年10月7日生まれ。宮崎県都城市出身。福岡市在住。通算2354勝。通算優勝75回。85年デビュー。89年と2005年に女子王座決定戦(現レディースチャンピオン)、14年にクイーンズクライマックス制覇。生涯獲得賞金は女子最高の累計10億円を超える。